2018年1月10日水曜日

『忘れられた巨人』 カズオ・イシグロ その1

ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロの『忘れられた巨人』の感想です。


忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫)
忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫)カズオ イシグロ Kazuo Ishiguro 土屋 政雄

早川書房 2017-10-14
売り上げランキング : 359


Amazonで詳しく見る
by G-Tools


英語版Wikipediaにかなり詳しいあらすじの紹介が書かれており、イギリスでの評価も紹介されています。
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Buried_Giant

海外ではファンタジー小説と捉えられているようです。イシグロは普遍的な話だと言っているようですが。そこは読者の読み方によって変わるでしょう。



あらすじがどのようなものかを書いていきます。

第一部
この作品は三人称で書かれていますがこの世界を語る語り手が存在しています。それが中世の物語っぽさを出しているかなと思います。

第一章

舞台はイングランド。ブリテン島。この世界はいまと地続きのようですが鬼や妖精などがいた時代。まだ人間には理不尽なことが起こる科学がなくまだ人間の理性ではものごとを測ることができなかった時代のお話。

そんな世界のブリトン人のある村にアクセルとベアトリスという老夫婦が住んでいました。その村は60人ほどの村で2人はその村の外縁に住んでいます。2人はなぜか火を持つことを許されていません。村の外縁は火が届きにくく寒いです。ですが2人は村の1員として村のなかで役割を背負っています。

この村では過去を語り合いません。それがなぜなのかはわかりません。昔、赤い髪の女がこの村を訪れましたがそのこともみなが忘れてしまっています。マルタという少女が行方不明になったときも、戻ってくるとヌエワシの話になってしまいみながマルタが行方不明になったことを忘れてしまっていました。

去年の11月に黒いぼろを着た女が現れました。彼女とベアトリスは刺の木(山査子の古木)のある場所で話をしていました。ここではその話の内容は語られません。しかしこの女と話したことからベアトリアスはいまはいなくなった息子に会いに行こうと決心したようでもあります。「目が見開かれて」いたり「悲しみと願い」をベアトリスが感じているような描写があります。彼女のなかでもしくは身体になにかが起こっていたのでしょう。

またここでブリトン人の信仰するの宗教がキリスト教だということが語られ、またアクセルとベアトリスの会話がうまくかみ合っていないことが感じられます。そこにはあまり違和感は感じないかもしれませんが読み終えたときになるほどと思えるようになっていると思われます。

旅立つ3週間前にベアトリスは村で揉め事を起こします。ノラがベアトリスのために蝋燭を作ってくれたのですが、それが見つかってしまったのです。なぜアクセルとベアトリスが火を持つことができないのかは僕にはわからないのですが、もしかしたら昔なにかをおこしているのかもしれません。そのことについて鍛冶屋の女房と言い争いになります。そのことを旅立つ春の時点ではアクセルは忘れています。このお話は忘却がキーワードになっていてこれからいたるところで「忘れること」と「忘れないこと」がキーワードとして出てきます。

ベアトリスは自分たち夫婦が駄目な夫婦だと思われていることが辛かったようです。そしてノラが自分たちのために蝋燭を作ってくれたことが嬉しかった。しかし「村会の決定」で2人には火は持たせないと決まってしまっている。蝋燭は取り上げられてしまいます。

ベアトリスはこの時点で、というか黒いぼろを着た女とあった時点で記憶を取り戻そうと決意しているように思えます。また他の人たちよりなにかを思い出しているようにも思えます。そして春になり暖かくなった頃、いなくなった息子の村を訪ねようと老夫婦は決意をします。息子がどの村に住んでいるかをアクセルは知らないようですしベアトリスも距離と方角を知っているくらいであるにも関わらずです。


第二部

アクセルとベアトリスはサクソン人の村を目指します。2人の住む村からサクソン人の村までは一日かかります。あいだに大平野がありそこには暗い力が潜んでいると語られています。2人は暗い力が弱まる昼間にそこを通り抜けようとします。大平野に縁で2人は息子のことを思い出します。ここでベアトリスとアクセルはすべすべの小石を2個づつ持ちます。キリスト教のおまじないのようなものなのでしょうか。以降この石は出てなかったように記憶しています。その後2人は「巨人の埋葬塚」を通り抜け森に入ります。

森を歩いていると大雨が降ってきて2人は大雨をしのぐために近くにあった廃墟へと避難します。この廃墟はローマ時代には豪華な建物であったらしいことが伺われます。そこには鳥を思わせる小さな老婆と異様に背の高い痩せた男=船頭がいました。老婆は兎を手に持っており、ナイフで兎を殺そうとします。よく見るとこの廃墟は兎の血で汚されているようで老婆がこれまで何度も兎を殺してきたことが伺い知れます。なぜそのようなことをしているのかというと老婆は昔、この場所に夫と一緒に来ており船頭に川を越えた島まで夫と2人で渡してもらうつもりであったのです。しかし船頭は先に夫を渡してしまいました。老婆は舟には1度に1人しか乗せられないんだと自分に言い聞かせて待っていましたが、そのあと船頭は老婆を舟に乗せなかったのです。2人は離れ離れになってしまいました。その恨みを込めてなのかこの廃墟で兎を殺しているようです。

ここで島についての情報が少し語られています。島では自分以外の人に出会うことがなくひとりきりで生活しなくてはならない。なにか言い方がまだるっこしいと感じますが、しかし稀に2人一緒に渡れることがあり、それは2人の愛が深かったときのようです。島はまるでこの世の土地ではないように語られ、まるで天国のようにも僕は思えましたがそこまでは書かれていません。一体この島はなんなのでしょう。そしてこの廃屋にはどのような意味があったのか。

この廃屋は昔は立派な家だったのですが戦争で廃墟となったようです。この廃墟をみたときにアクセルの記憶になにかが蘇ってきます。この作品ではアクセルやベアトリスの過去は謎に包まれており、特にアクセルは物語のことあるところで記憶の断片を思い出すことになります。アクセルとはいったい何者なのでしょう。ここではまた愛についても語られ、愛というものはその背後に恨み、怒り、憎しみ、そして大いなる不毛も隠しているかもしれないことが語られます。

廃墟を去ったあとで黒いぼろを着た女と先ほどの老婆に共通点があったとベアトリスが話します。2人とも取り残された経験をもっており、彼女たちのような目にあい泣きながら歩いている女たちがいるようです。そしてこの世界は健忘の霧に包まれ、分かち合ってきた過去=愛が思い出せないでいるということ、そしてその代わりに憎しみも忘れることができていることが語られています。


第三章

アクセルとベアトリスはサクソン人の村に着きます。村はなにか騒がしい。村に進むと男たちが集まっています。ベアトリスは病気を診てもらうために薬師のところに行きます。女の話なのということでアクセルは薬師の家の外で待っているのですが、そこに30歳くらいの他の男たちとは雰囲気の違う男が現れます。彼がこの物語の主要人物の1人ウィスタンです。彼はサクソン人で東の沼沢地から来ました。

村では村人3人が鬼に襲われていました。それも普通の鬼ではなく悪鬼だということです。襲われた3人のうち12歳の少年エドウィンが悪鬼に攫われてしまっていました。どうやらウィスタンはエドウィンを助けにいくらしい。村人はパニック状態になっていますがウィスタンだけは冷静です。その彼をみてアクセルはまた記憶の片鱗を思い出します。そこへアイバーという長老が現れアクセルとベアトリスを自分の家に招待してくれます。どうやら村人は何かが起きるとその前のことを忘れてまうようです。おそらく健忘の霧のせいでしょう。しかしアイバーは忘れないようでそのことは不思議に思います。アイバーは霧はサクソン人の迷信だと言いますがどうでしょうか。ここでもアクセルとベアトリスは小さな諍いのようなことを起こします。アクセルとベアトリスがなぜこのようなことを起こすのかは謎で、夫婦というものはそういうものだと読むこともできる気もします。

アクセルとベアトリスは山道の向こう、修道院にベアトリスの病を見てくれるジョナスという高名な神父を訪ねることになります。修道院への東の山道は雌竜クエリグの国です。クエリグは強大な力を持っているようですが、それ自体には驚異はなく(もう老いているようです)、その驚異は存在自体にあるそうです。このクエリグという雌竜はなにかのメタファーとなっているように感じられます。どうもクエリグの吐く息で霧が生じ忘却が訪れるようです。また、この霧は神がお忘れになったから起きたとも言われます。

ウィスタンが村に戻ってきていて悪鬼を退治したようです。エドウィンは救出され悪鬼もウィスタンが討ち取りました。その亡骸をウィスタンは掲げますがそれがなんとも言いようのない形をしています。これは本当に悪鬼なのか…ここにも謎が現れます。もしかしたらこの悪鬼はクエリグの子ではないのか、そう考えることもできるでしょう。

ここまで読んで思うのは、もしかしたら僕ら現代人も健忘の病にかかっているのではないか、そういうことです。

このあたりの描写でアクセルがベアトリスを見て、喜びと同時に悲しみを感じるというのがあります。アクセルの記憶は戻りつつあるのでしょうか。

アクセルとベアトリスはウィスタンと会います。ウィスタンは子供時代を西の国で過ごしたようです。アクセルと西の国であったことをほのめかせますがその真相はわかりません。エドウィンの体に小さな傷ができていて、それが村をパニックに陥れます。鬼に傷を受けた者は鬼になるという迷信がサクソン人にはあるのです。ここでアクセルとベアトリスは昔会った若い男を思い出します。このエピソードがなにを意味しているのかいまいちわかりませんが、過去にベアトリスがこの男と関係を持ったのかもしれません。

アイバーの家でウィスタンはアクセルとベアトリスに、彼らの息子のいるブリトン人のキリスト教の村にエドウィンを連れて行ってくれないかと相談します。2人は引き受け、その代わり修道院までの道をウィスタンが護衛のような形でついていくことになります。ここでひとつの疑問が浮上します。エドウィンはサクソン人ですが、やはりブリトン人の村に連れて行くことがベストなのか。ウィスタンはブリトン人を嫌っています。それでもエドウィンをブリトン人に預けたいのか。


第四章

この章はエドウィンが語り手となります。エドウィンは悪鬼に傷をつけられたあとから母の声を聞くようになります。母は早く助けに来ておくれと言っています。「ぐるぐる、ぐるぐる」あなたは大きな輪につながれた騾馬よ。だからぐるぐる回りなさい。お前が止まれば、あの騒ぎも止まってしまう。だから、恐れてはだめ。強くなって助けに来て。

ウィスタンとエドウィンは傷について約束をします。ウィスタンの退治した生き物はなんだったのか。頭が蛇の鶏のようなもの。果たしてそれはクエリグの子なのでしょうか。


第五章

4人は修道院を目指します。ウィスタンはブレヌス卿というブリトンの領主に追われているらしい。修道院までは唖者のふりをしています。道中でブレヌス卿の配下の3人の兵士に会います。兵士たちは4人を怪しがります。特に灰色の髪をした兵士が特徴的でした。なんとか兵士たちの尋問を切り抜けた4人は森の中を上る細道を行きます。

ここでベアトリスの痛みの話が挿まれます。ベアトリスはこの自分の病の痛みは蝋燭がなかったせいではないかと言います。闇を好む妖精の仕業ではないかと。どうも火になにかのメタファーがあるように感じられますが僕にはわかりませんでした。

道中で老いた騎士と出会います。彼はアーサー王の甥のガウェイン卿でした。ホレスという馬に乗っています。ガウェインは当然ながらブリトン人です。彼はアーサー王からクエリグ退治の命を受けたと言います。この物語ではサクソン人のウィスタンとブリトン人のガウェインが対比されているように感じます。サクソン人のウィスタンはこの土地ではサクソン人がブリトン人に迫害されていると言います。

そこへ先ほどの灰色の髪の兵士がやってきます。やはりウィスタンを疑っていたようです。ウィスタンはここで自分の使命はクエリグを殺すことだと告白します。ガウェインは驚きます。それはわたしの仕事だと。しかしガウェインは灰色の髪の兵士の味方はしません。ウィスタンは灰色の髪の兵士を倒します。

このあたりで第一部は終了します。ブリテン人対サクソン人という図式が見えてくるようになります。ブレヌス卿は雌竜クエリグの力を利用してサクソン人を制圧し、この国を手に入れようとしていることが明らかになります。

果たしてこの先どうなるのか。長くなったので第二部以降は次回に。


1 件のコメント:

  1. こんばんは。やっとこさ第一部を読みました。それで現時点の疑問を書いてみます(なぜ自分のことでやらない)

    ・アクセルとベアトリスはなぜ夜間に蝋燭を使うことが禁じられているのか?


    蝋燭騒動のときに司祭が「村会で決定したこと」といい、ベアトリスは「火を倒したことはない」といってましたが、ということは老齢のために火事を起こすことを恐れての処置なのかとも思われます。が、ベアトリスが漏れ聞いた女たちの噂話では「あんなちゃんとしたご夫婦が蝋燭を取り上げられるなんて気の毒だ」といわれていたらしく、ということは、なんらかの罰なのかもしれないと思ったりもします。昔は村の中心に近いところに住んでいた彼らが、いま周縁部に住んでいることも含めて。読み進めればわかるのでしょうか。

    ・彼らはなぜ息子と別れて住んでいるのか?

    ひとり息子らしいのに、老夫婦をおいて生まれた村を出るというのがわからない。親子間か、ひょっとしたら村社会の中でなにかがあったとしか思えない。生きているのかどうかも。そもそも存在したのかどうかも。

    ・エドウィンをさらった悪鬼が、エドウィンと小さい怪物を戦わせたのはなぜか?

    若い雄鶏くらいの大きさで、鋭い牙と鉤爪と強力な尾をもつ怪物。羽をむしられたニワトリのような体にヘビの顔、ということは肉食恐竜っぽいですよね。それが首のところを紐で固定された状態でエドウィンにけしかけられる(?)。闘鶏とかそういうあれ?なんですかね?エドウィンの脇腹の傷は悪鬼の噛み傷でなく、その怪物につけられた傷であることを隠しておくようにウィスタンはいいますが、なんでだろ?

    とりあえず、現場からは以上です。

    返信削除