アニメ化、映画化もされ一区切りついたかに見える『僕街』ですが、どうやらスピンオフ的なものが続くようです。
マンガ大賞は受賞できませんでしたが近年稀に見る密度で描かれた作品であろうと思います。
僕の感想を付け加えて記事としたかったのですが時間の都合とまだ旬のときに記事にしたいと思いアップします。
僕の感想は後日補足という形で付け加えたいと思います。
にゃんく先生のあらすじ。
『僕だけがいない街』三部けい
(あらすじ)
主人公は、漫画家・藤沼悟です。
彼は再上映(リバイバル)と呼ぶ特殊な能力を持っています。
それは、自分以外の誰かが被害者となる事故や事件が起こる時に発生します。
たとえば、トラックの運転手が運転中に死亡していて、交通上の大惨事が発生するシーンに悟が居合わせると、再上映(リバイバル)が発生し、事故直前まで時間が巻き戻ります。その間、悟の記憶だけが継続しているので、自分が未来から過去にさかのぼっていることを覚えています。そのため、周囲の違和感を探し出し、未然に交通事故を防ぐ措置をとることができます。
再上映(リバイバル)は、主人公の意志とは無関係に発生します。
そのため、悟は日常生活で頻繁に再上映(リバイバル)に遭遇し、結果的に自らを危険にさらしながら、他者の安全のために奔走することになります。
あるとき悟は、再上映が発生したため、連続誘拐事件を未然に防ぐことになりますが、
その結果として、自分の母親を犯人に殺されるという悲劇に遭遇します。
その母親殺しの犯人を追跡するうちに、巧妙な罠から、悟は、自分が母親殺しの犯人にされてしまいます。
追い詰められ、警察に逮捕されたとき、再び再上映(リバイバル)が起こり、悟は1988年、自らが小学5年生の時点に時間が巻きもどります。
それまで、それほどの規模の再上映(リバイバル)が発生したことがなかったために悟は驚きますが、後になって、これはその年発生した連続児童殺害事件の発生前まで時間がさかのぼっていることに気づきます。
悟は、未来で殺されることになる同級生。雛月加代の被害阻止のため奔走します。
一度は失敗し、犯人により雛月は殺されてしまいますが、再び再上映(リバイバル)が起こり、悟のたゆまぬ努力と同級生たちの協力を得た結果、雛月殺害事件を回避することができます。
そして、未来で殺害されることになっていた、第二の被害者の事件回避にむけて行動していたところ、悟は犯人から盗難車の中に閉じ込められ、車ごと池の中に沈められてしまいます。
悟は一命をとりとめますが、長いあいだ植物人間状態で入院をつづけます。医師からも回復は不可能だと宣言されてしまいます。
彼が目覚めるのは15年後、奇跡の回復により意識を取り戻します。
しかし記憶の一部が喪失状態に陥っており、自らを殺そうとした犯人が誰であるか覚えておらず、自分の身に備わった特殊な能力である、再上映(リバイバル)の能力のことも忘れてしまっており、小学5年生から止まったままの自分の知能に、不自然な知識が備わっていることに違和感を覚えますが、夢の一種ではないかと自分を納得させようとします。
悟が長い眠りから目覚めた出来事は、マスメディアの報道により世間に知れ渡ることになり、1988年当時とは職を変えた犯人が、今度こそ悟を殺害するために、彼に接近を試みてきます。
悟の記憶が蘇り、彼が試みようとした犯人捜しの結果が先に実を結ぶか、犯人側の藤沼悟殺しが先に成立してしまうのか、物語は予断を許さぬクライマックスへ向けて進行します。
そしてにゃんく先生の見どころと感想です。
(見どころと感想)
2012年~2016年まで連載された三部けいの漫画です。
アニメ化及び映画の実写化もされ、漫画は累計200万部以上をほこるヒット作です。
2016年現在、マンガ大賞に3年連続ノミネートされています。
連続誘拐殺人事件を阻止しようとする主人公・藤沼悟と犯人との攻防を描いた作品です。
悟には、リバイバルという、タイムワープの特殊な能力がありますが、その能力は自発的に発動することができず、それが発生するのは常に誰か他人の危機に際してです。
そういう制約があるため、必然的に悟は他人のために奔走するはめになり、結果、自分に得になることはなくて、良くて現状維持、悪くて数十年に及ぶ植物人間状態という最悪の結果をもたらします。
他人のために汗をながしていた悟が、大変な喪失を経験するのを読んで、共感というか肩入れをしない読者はいないのではないでしょうか。
読んでいる方としては、そんな悟がかわいそうだと思いますし、彼の身に危険が及べば、しぜん手にちからが入ります。
文学も含め、今まで誰も挑もうとしなかった、大きな実験に挑戦しているように見えます。それは破綻ギリギリのところで成功していると思います。
ダイナミックに時空間を前後することのできる能力(というか習性)を主人公に与えたことで、歴史の闇を白日の下にさらすという困難なストーリーを可能にしています。
それがこの作品にそれまでにない新しさ、スケールの大きさを付与していることは確かです。
これを読んだ小学生や子供たちは、いろんなことに疑問を抱くようになると思います。
たとえば、子供には、学校の先生が言うことは絶対正しいという思い込みのようなものがすり込まれやすいですが(虐待を受けていた雛月が、暴力をふるわれている状況でも親のことを信頼していたのと同じように)、この漫画を読めばそういうことはない、学校の先生を含めた、自分の親に対してすら、正しいことを常に言っているわけではない、最終的に起こる結果は、誰が何と言おうと、自分が引き受けなくてはならないのだという現実に、気づかされることになるのではないでしょうか。
いろんなことを疑ってかかるということは、大切なことです。作中登場する、「ユウキ」という青年のように、「あの人は犯人だ」と決めつけられて、悲惨な生涯をおくる人もいます。
会話もまともに交わしたことがない人間を、噂だけで悪いと決めつける。
世間はそういう残酷なところがあります。
けれど、「ユウキ」青年は、一貫して無罪を主張していました。悟も「ユウキ」さんの人柄を知っているために、彼が殺人などを犯すはずがないと思い、真犯人を独自に捜そうとします。その結果、思いもよらなかった犯人があらわれ、悟と真犯人との、時空を超えた長い年月の戦いがはじまります。(この戦いは、悟が母親を殺されたときからはじまっています。)
タイトルの意味がわかる時、「目から鱗」感があります。
難しいことも考えさせてくれるし、とにかくおもしろく読める作品です。
にゃんく先生の本はこちらで読めます。
http://p.booklog.jp/users/nyanku
日本のマンガのレベルは高いです。『僕街』はよく考えられたプロットとエンタメ性で抜きん出いたと思いますが日本的風土を醸し出すような作品ではなかった気がします。そこが受賞を逃した要因のひとつだったのかなと思ったりします。
アニメと漫画では終わり方が違うので両方見てみることをオススメします。
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